「探偵事務所」

「探偵事務所」

友達の様子がおかしい
そう思ったのはごく最近の事だった

その子はトモエという名前の子だった
元々変わった子で、クラスでも浮いた存在だったが、攻撃的わけでも排他的なわけでもない
ただ、何かに没頭すると、周囲が見えなくなってしまう
そんな子だった

だが、最近になって決定的に何かが変わってしまった
特になにかがあったわけでもないのに、突然学校にも来なくなり、家に閉じこもりっきりになってしまった

でも、以前そういうことが無かったかと言うと、無いわけでもない
それでもその時は1日や2日程度の事で、何事も無かったように登校してきたものだ

だが、今回は何かがおかしい
学校に来なくなってから、すでに1週間以上経っている

家に電話をしても、家まで様子を見に行っても
「なんでもない」「明日には登校する」と繰り返すばかり
そして、次の日登校してくるわけでもない

何かがおかしかった

ある日、トモエの家まで様子を見に行った時、家から口論のようなものが聞こえてきた

「いつまで私はこのままでいないといけないの?
返して!お母さんを返してよっ」

−お母さんを返して!?−

私には、その時その子がいった言葉がどういう事だかわからなかった
だが、トモエの家で何かが起きている事だけはわかった

ちょっと開いていた窓から家の中を覗いてみたら、そこには角の生えた毛むくじゃらな何かがいて、そいつがトモエと口論をしていた

あまりにも現実味が無い光景だったが、その場に居続けると危険な・・・
確証は無いけどもそんな気がして、私はその場を逃げ出してしまった



次の日、その事を先生に話した
だけど、当たり前の事だが、信用してもらえなかった
当然だろう
実際に見た私ですら、ひょっとしたら見間違いだったのかもしれないという気になっているのだ

先生だけじゃない
私が見たことを誰に話しても信用してもらえなかった

私はトモエの数少ない友達だから、長期にわたってサボっているトモエを助けるための作り話だと思われて終わってしまっているのだろう

でも、私は見たんだ
あの現実離れをした生き物を
まるで悪魔のような、あの生き物を




どうしよう・・・
私は途方に暮れた

そうは思っても、現実的にはどうすることも出来ない自分がいる
悔しかった……悲しかった……



「どうしたの?」

街を歩いていたら、パン屋の前で掃き掃除をしていた女の人に、そう声をかけられた

「え?」

私は突然の事にびっくりして、その女の人を見た
女の人はここのパン屋の店員さんらしい
きれいなお姉さんだった

「泣きながら歩いているから、つい声をかけちゃったんだけど
どうしたの?」

わたしはまた驚いた
私はいつの間にか泣いていたらしい
そんな私に、そのお姉さんはそっとハンカチを差し出してくれた

それが引き金になり、私の鬱屈した感情が一気に噴き出してしまった
ぼろぼろと涙があふれてきて、止めようとしてもなんとも止まらなかった

泣き出した私を見て、お姉さんは困った顔になり、とりあえず店の奥まで私を招き入れてくれた
私はそこでしばらく泣いてしまった



どのくらいの時間が経っただろうか

「落ち着いた?」
お姉さんがそう言いながら、コーヒーを入れて持ってきてくれた

「あの・・・えっと、ごめんなさいっ」

恥ずかしかった
急に泣き出して変な女だと思っただろうな
迷惑をかけたんだろうな
そんな思いから、私はうつむいてしまった

「それで、どうして泣いてたの?」

お姉さんがそう尋ねてきた

私は本当のことを話そうか迷った
また今度も信じてもらえないだろうと思ったが、どうせ変な女だと思われているんだろうという開き直りもあり、これまでの事を全部放した

トモエの事
トモエの家での事
それを先生に話した事
他の友達にも話した事
悔しかった事・・・
悲しかった事・・・

お姉さんは黙ってそれを聞いていてくれた

「なるほど…ね」
一通り聞いた後、お姉さんはそう言った

「信じられないと思いますから、作り話だと思ってくださってもいいです」
私は自嘲気味に言った

「それで、あなたはその…トモエちゃんだっけ?を助けたいわけね」

お姉さんの口調はあくまでも優しい

「はい…」

お姉さんはちょっと立ち上がると、電話帳とメモを持って戻ってきた

「もしね・・・
本当に作り話じゃないとしたら、ここに行ってみるといいよ
作り話だったら役に立たない場所だけど、作り話じゃなかったらきっと解決してくれるわ」

お姉さんはそう言うと、電話帳から電話番号と住所を書き写して、私に手渡してくれた

そのメモには
”佐原探偵事務所”と書いてあった




次の休みの日に、私は早速その事務所を訪れてみる事にした
昔は賑わっていたらしいが、今じゃすっかり寂れ果てたアーケード街
そこの潰れてしまった映画館の2階に、その事務所はあるそうだ

階段を上がると、そこには鳥居が見えた

−え?鳥居?−

鳥居など通常そんなところに存在するはずも無いので、あっけに取られてしまった

「おや、お嬢ちゃん
どうかしたのかな?」

鳥居の奥にはいかにも神社といった部屋があり、その奥にいた好々爺然とした老人に話しかけられた

「あの・・・佐原探偵事務所というのはここでしょうか?」

「おうおう、ここじゃここじゃ
ささ、上がっとくれ
お茶でも出して進ぜ……」

その老人が全部言い終わる前に大柄な男が突然現れ、拳で老人の側頭部を殴打した
周囲に漫画でしか聞いたことのないような打撃音が響き、老人は吹っ飛ぶ

「ひっ」
私は突然の出来事に驚いてしまい、小さく悲鳴を上げてしまった

「・・・嘘は・・・許さん・・・」
突然現れた男は拳を握り締めそう言う

「midasさん
これでも老人なんですから、ちょっとは手加減してくださいよ」
背後からもう一人男の人が現れ、そう言う
最初の男の人と比べると小柄な人だったけど、midasさんと呼ばれた人が大きすぎたからそう見えたのかもしれない

小柄な方の男の人は私のほうを向き、言う

「佐原探偵事務所は隣ですよ
僕達もちょうど戻るところだったんでご案内しますよ」

その男の人の言うとおり、佐原探偵事務所はすぐ隣にあった
男の人は入り口のドアをキイっと開けると
「所長ーっ、お客さんですよぉ」
と、奥に向かって言った

私は事務所に上がると、ちらっとあたりを見回してみた

チャイナドレスの女の人
コンピューターで何かの作業をしている眼鏡の女の人
白いワンピースで長髪の女の人
全身黒ずくめのチンピラのような男の人
土佐犬のような犬

そして、老人を殴り飛ばしたmidasという男性と、ここまで案内してくれた男の人
なにか、世間の個性がここに凝縮しているような印象を受けた

「お客さん?
こっちに通して〜」

ちょっと間をおいて、奥からそう聞こえてきた

「あ、こっちです〜」
パソコンを操作していた女の人がそう言って立ち上がり、所長と呼ばれた人のところに案内してくれた

「あいてっ!」
チンピラ風の男の人が、突然後ろで叫んだ
驚いた私が後ろを見ると、男の人の手に白いものがぶら下がっていた
いたちのような生き物に噛み付かれているようにも見える

「いてててて……
いや、なんでもない…、なんでもないよ」
男の人はそう言う

「あ、後ろのヤツは気にしないでいいよ
それで、何か依頼でもあるのかい?」
所長と呼ばれた紺のスーツの男の人がそう言った
とても気になったが、言うとおり気にしない事にした





そして私は今まで起きた事、見たものを告げ、私は事務所を後にした
本当に解決するのかどうか不安だったが、他に自分にできる事も無い
すがるような気持ちで依頼をしてきた
「依頼料はそんなに取らないよ」とは言われたが、具体的にいくらとは言われなかったので、それも不安ではあった





2日後、トモエは以前のように登校してきて、私に言った
「ありがとうね」

トモエはこの事について多くを語らなかったが、何があったのかは後日探偵事務所から送られてきた報告書に書いてあった
トモエのお母さんは、悪魔に半分だけ体を乗っ取られていたそうだ
事務員の方はその悪魔を封印したらしい
報告書には、その経緯が細かく書いてあり、最後に七篠と穂足という調査員の署名が入っていた

報告書には請求書も同封してあった
高校生の私にはちょっと高かったが、3日もアルバイトをすれば払えるような金額だった
私はトモエと話し合い、二人で半分ずつ払う事にした

こうしてこの件は幕を下ろした
心配たのがすべて杞憂だったような
夢のような出来事だった




「探偵事務所」



2004/04/26

文章:しろじろ〜

編集:しろじろ〜






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