第29話「ダム」

第29話
「ダム」

1 ダムの調査依頼 2004/02/02 06:52:21
発言者 : 電力会社職員 --- ---
ダムの水面に何かがいるとかいう噂が立っているんです
連日その話題で一杯で、とても仕事にならないので
調査してはいただけませんか


2 なるほど・・・ 2004/02/03 15:40:48
発言者 : 佐原太一郎 --- ---
了解しました
所員を派遣し、調査に当たらせます

ダムか・・・めんどくさそうな予感がするな
誰か行ってくれるかい?


3 俺の出番だな 2004/02/27 00:33:48
発言者 : midas --- ---
ダムと聞くと黙っていられない。
かじめ…ダム…好日…
…何を言ってるんだ俺は。


4 ホイ決定 2004/03/02 01:33:08
発言者 : 佐原太一郎 --- ---
前世の記憶でも出たかい?
んじゃ、この件は任せるから頑張ってね






「でー、ここが問題のダムで、ここが発電所の事務所だ」

所長が大き目の地図を開き、midasに場所の説明をする
そこに穂足が割り込んでくる

「ねぇ所長」

「ん?なんだい?」

「わたしは見えないから厳密にはわからないんだけど…
その地図間違ってない?」

所長は穂足の思いがけぬ言葉に一瞬キョトンとするが、すぐに笑い出して否定する

「そんなハズは無いさ
だってこの地図は・・・」

そう言って表紙を見ると、昭和60年度版と書いてある
大粒の汗が所長の顔を伝う

「大丈夫大丈夫、道なんてそうそう変わんないって」

そんな事を言いながら、数年前に土砂崩れがあり、それを機に新しい道路が出来たことを思い出す


「……多分……」

消え入りそうな声で言葉の最後に付け足す

「よし、ほたる君
道を知ってそうだし、君もmidas君に同行してくれたまえ
いやぁ、我ながら実に名案
はっはっつはっはっ」

そう言って所長は笑いながら、穂足の返事も聞かずに事務所を出て行った
おそらくいつも通りサボリであろう事は想像に難くない

そのまま事務所に取り残される2人

「それじゃあ……案内を頼む」
midasがボソリと言う

「わたしの意志はぁ〜っ!?」
叫ぶ穂足
叫んでも時は既に遅かったらしい




2人はバスを乗り継ぎ、山奥のダムへと向かう
穂足は当初こそ不機嫌だったが、山奥に向かうほどに機嫌が良くなっていく
これも自然と動植物のおかげだろう

バスに揺られること1時間の末、最寄のバス停で降りる
あとは現場まで歩く
そこには大きな川が流れていた

「ほぅ……」

放って置くと一日中何も話さないmidasが短く漏らす
そこは見事に大きな川だった
川の水流を調節する堤防があり、そこから発電を行う
そこは一般的な水力発電所だった

「どうした?」

midasが、川を凝視したまま動かない穂足に声をかける

「見て・・・」

穂足の言葉にmidasは川に目を向ける
そこには、大中小の水棲生物がうようよ泳いでいた
しかも、それは一様にこの世ならざる生き物だった

大きさが尋常じゃない蛇
水面に浮かぶ小型の悪魔
それに喰らいつく鯨ぐらいの大きさの魚
うらめしそうな顔をした幽霊

いわゆる『霊感』を持った人間が注意して見ると、てきめんに存在が分かる
そんな状態である
場合によっては霊感無しでも見れるかもしれない
それが今回の目撃例になったのだろう

「凄いね・・・」

穂足が我に返って月並みな言葉を漏らす
それは文字通り凄かった

「で、どうするの?」

と、途中まで言いかけた時点で、既にmidasは歩き出していた

「ちょっ・・・」

穂足は慌てて追いかける

「なに、一番強いのをぶん殴れば、他もいう事を聞くだろ」

凄く単純な解決法に思い至るmidas

「もうちょっと下調べとかさー、あるでしょー」

「いい、面倒だ」

穂足は"あちゃー"といったジェスチャーと共に、無言で顔を覆う
シンプルな生き方と脳味噌と行動指針を併せ持つmidasに畏敬の念すら覚える

「(わたしがしっかりしないと暴走するんだろうな…)」
穂足はそういう風に考え、原点に戻り不機嫌になった




midasは、水面に近づき吠える

「おいお前ら
話があるから、一番強いヤツを出せ」

うごめく悪魔たちは、吠えるmidasのほうを見て一瞬静まったが、すぐにまた好き勝手に動き出す

「おいお前ら!
話があるから、一番強いヤツを出せ」

さらに大きな声で吠える
だが、反応はさっきと同じ
不思議そうな顔をするmidasのすそを、穂足がくいくいっと引っ張る

「ダメだよmidasっち
こいつら相手には、普通の人の声じゃ届かないの」

「そうなのか?」

「うん、相手にもよるけどね」

「だったらどうしたらいいんだ」

「わたしが通訳してあげるよ
厳密には通訳ってのとも違うんだけど、まぁ似たようなものだね」

「ふむ、それじゃあ頼む」

「オッケー
じゃあ、ちょっと待っててね」

そう言って穂足は目を閉じる

悪魔との対話
それは、ノウハウの無いものにとっては危険なことである
会話することで、相手を自分の精神への進入を許すことになる
害意が無い相手ならば問題ないが、害意がある相手を精神に進入させると魅了された状態になり、そのまま相手に有利に話を運ばれてしまう
最悪の場合、身体を乗っ取られることにも繋がる
したがって、会話には何かを媒体させる必要がある
或いはコンピューター、或いは守護天使、或いはシャーマン
そして、このうちのシャーマンに該当するのが穂足だった

目を閉じて精神を集中させ、精神にある種の障壁を作る
穂足はある程度なら意識しなくてもできるが、一応念のために強固な障壁を作っておく
その結果、魔王クラスの悪魔とでも会話できる障壁が完成した

「オッケー、いつでも通訳したげるよー」

「ふむ・・・・・・そうか・・・・・・
ならば、”話があるから、一番強いヤツを出せ”と言ってくれ」

「ん、了解
でもね、あたしは戦いはゴメンだよ
それでもOKでしょ?」

「おう
拳で語る事こそ俺の領分
むしろ、手出しは許さん」

「はいはい、了解ですよ・・・・・・それじゃっ
お前らーっ、話があるから一番強いヤツを出せーっ!」

midasに比べたら圧倒的に声のボリュームは低いが、それでもmidas単独での咆哮よりは手ごたえがあった

しばらくの沈黙の後、下級の悪魔がいなくなる
その後、晴天にわかに掻き曇り、大蛇のようなものが現れた
それは瘴気を身にまとい、鎌首をもたげ、水面から首を出している

「オマエラカ
ワシヲ ヨビダシタ ノハ」

丸太のような蛇が、空気を振動させながら言う
機嫌がよさそうにはとても思えない、そんな口調だった

「いや、呼び出したのはオレだ」

「ちょっ・・・直接話しちゃダメだってば…」
穂足が小声で抗議するが、midasと蛇には、その声は届かない

「ニンゲン如キガ ワシニ モノヲ タヅネルトハ
ミノホドヲ知レ、コノ痴レ者ガッ!」

「ふん、やはり言葉では分かり合えんようだな
それもこちらとて同じ事
拳で存分に語り合おうか」

midasはそう言い、ふっと不敵な笑みを浮かべたかと思った刹那、大蛇へと躍りかかっていった

「あのー・・・
あたしのいる意味は・・・・・・」

穂足を完全に蚊帳の外に追いやりつつ、二大怪獣大決戦はゴングを鳴らした

その決戦は、言うならば虎対鮫
陸のmidasに水の蛇
相手の得意分野に飛び込んだら負けは必至のありさま
だが、野蛮人の濃縮還元100%であるmidasは、かまわず水上に戦いの場を移す

「あー・・・・・・加勢しなきゃ死ぬかなぁ・・・・・・」

穂足がそんなことを考えながら傍観している
そんな考えを他所に、浮いたり沈んだりする二大怪獣

心配する穂足を他所に、時間はどんどん過ぎていった

穂足がばちゃばちゃと激しく波打つ水面を見ていると、ふと突然静かになった

そして、水面に浮かぶ白いモノ
これは蛇であろう

そしてすぐに、midasが浮かんでくる
川から自力で這い上がると、陸上で大の字に倒れる
ゼイゼイと、呼吸は荒い

「大丈夫?」

穂足はmidasにそっと近づき、声をかける

「・・・・・・ああ・・・・・・なんとかな・・・・・・」

あちこちに打ち身や噛み傷などが伺える
その傷が、この戦いの苛烈さを物語っていた

「ヤツめ・・・・・・
言うだけの事はあるな・・・・・・」

「喋らないでいいから
ちょっと休んでなよ」

非常識なこの男に、穂足は常識的な事を言う
よく見ると、midasの体が肥大化しており、体毛も2〜3割は増量といった有様だった
噂には聞いていたが、midasはピンチになると獣人化するという話は事実だったことを思い知る

一方蛇のほうを見ると、死んだ魚のように腹を出して水面に浮かんではいるが、まだ息はあるようだ

さしあたって穂足は、両者が回復するのを待つことにした





幾時間かが過ぎ、死闘を繰り広げた両者が回復してくる
まずはmidasがむくりと起き、それに呼応するかのように大蛇もむくむくと鎌首をもたげる
だが、それだけだった
両者とも明らかに肩で息をしており、会話以外の事は出来そうに無いようだ

「あー、みだっさん?
あたしがあのヘビさんと交渉するけど、いい?」

穂足が代理人を買って出る

「かまわん
・・・が、ヤツもひとかどの猛者
粗末に扱う事は俺が許さん」

昔のマンガみたいに、両者は死闘の中で何かが芽生えたらしい

「大丈夫だって
わたしだって鬼じゃないんだからさ」

穂足はそう言うと、『ちょっとコンビニにでも行くかぁ』といったような、軽い足取りで大蛇の元へと歩いてゆく

「ヘービさんっ
ちょっといいかしらー?」

口調も軽く、隣のおじいちゃんに話しかけるような口ぶりである

「ワシハ ヘビデハ ナイ
ワシハ”ミズチ”・・・・・・荒ブル川ノ化身ジャ」

それを聞いて、穂足は色々思うところがあった
相手は”荒ぶる河川の化身”である
わかりやすく言うと、洪水の神格化されたものであり、洪水そのものである
『みだっさんはよくそんなのに勝ったなー』と心底思った
本当である
なにせ、場合によってはダムでさえ決壊させる存在である
つまり、midasは自然災害並みの戦闘力を持っている事に他ならない

穂足はそんなコトを考え、暫くぼぉっとしていた事に気付き、はっと我に返る

「あー、そうそう、ちょっと質問なんだけど
なんでミズチさん達はこんな場所で大暴れしてんの?
わたし達は、それを調べにここに来たんだけど」

「知ラヌ」

「はぁっ!?
知らないわけないでしょーっ
あたしらは、ここの人達がなにかいるから調べて欲しいって言ったから来てるんだよー」

「本当ニ ワシモ知ラヌノダ
タダ、近頃ワシノ領域ヲ荒ラス魑魅魍魎ノ類ガ増エタカラ 成敗ハシテルガナ
本当ニ ワシハ知ランノダ」

ミズチの目は妖しく輝いているが、嘘を言っているような感じではない

「やつを信じろ」

いつの間にか背後には腕組みをしたmidasがいる

「大きいやつは嘘は言わん
一発ぶん殴れば相手は死ぬんだ、嘘を言う必要など存在しない」

midasはよくわからん持論を展開し、ミズチに『そうだろ?』と同意を求める
ミズチも同調する

世の中には死闘を繰り広げる事でしか知りえない事があるのだろう
『わたしにはわかんない世界だなぁ・・・』

穂足はそう思うが、それは穂足に限らず世の中の大多数はわからない世界だろう
それを納得した上で、ミズチが真実を言っている事を前提に尋ねる

「で、その魑魅魍魎ってのはいつ頃から大発生してるの?」

「ソウダナ・・・
一月前クライカラ大発生スルヨウニナッタカ
身ノ程知ラズニモ ワシニ次々ト挑ンデキヨル
ナニガ目的ナノカハ ワシニモワカラン」

「んーむ・・・・・・」

原因だと思っていたヤツの意外な話に、穂足は首をひねってしまった

「原因がわからないんだって?
ずいぶんとおめでたいのね」

突如、midasの背後から悪意に満ちた声が聞こえてくる
全員の視線がそこに集中する
そこには、物凄い形相の少女が浮かんでいた

体は透き通っており、この世のものではないことが見て取れる

「おまえが全て悪いのよ、ミズチ」

少女の周りの空間が歪んでいる
瘴気を漂わせ、悪意を撒き散らしながら、少女は言う

「丁度いいことに弱ってるじゃない
あたしが楽にしてあげるわ」

少女はすっとミズチを指差すと、指先から電撃が走り、それがミズチに突き刺さる

「あ、いっけない
すぐに殺しちゃつまらないんだった」

少女は電撃を止めると、拳を作る
再度その拳が開かれた時、手のひらから何かを放出する

それをまともに受けたミズチは、全身をくねらせ苦しみだした

「おまえも狩られる身の立場を思い知ればいいんだ
アハハハハハハハハハハハハ・・・・」

「なんなんだ、お前は!?」

midasが吠える

「あんたもうるさいね
そのクソヘビみたいになりたいのかい?」

「なんだと!?」

「おっと、あたしはヘビとむさい男は嫌いなんだ
近寄らないでもらえるかな
フフフフフフ」

「みだっさん、ミズチがっ」

穂足が叫ぶ

midasがミズチのほうを見ると、あれだけ雄雄しかったミズチは、ただの小さなヘビになっていた

「フフン
川の神とやらも、そうなっちゃおしまいね
その姿で、狩られる立場ってヤツを知ればいいんだよ」

少女は悪意に満ちた言葉を投げかけ、笑いながら消えていった

「一体、何だって言うのよ?
ん?どうしたの、みだっさん」

穂足は川のほうを無言で凝視するmidasに気付き、そっちの方角を見る

「!?」

川とダムが、わずかな水を残し干上がっていた

「ワシノ カワガ・・・」

自分の姿同様、干上がる寸前の川を見てミズチがつぶやく
その声には、大きな絶望が見え隠れしていた


時を同じくして、堰を切ったかのように周囲が異界化していく
今まではミズチが睨みをきかせていたため異界化寸前で済んだものが、ミズチが力を失った事で一気に事態が悪化していく

こうして、周囲が干上がった川から徐々に異界化してしまった
もう、こうなっては霊感とかの問題ではない
誰の目にも魔物が見える状態になっている

「おい、どこへ行くんだ」

発電所の事務所のほうに走る穂足にmidasが問う

「電話を借りて所長に報告するのーっ
みだっさんもわたしも、ケータイなんて持ってないでしょー」

「ふむ、確かにそうだな」

「電話してくる間、様子見ててー」

「ああ」

midasが低く頷いたが、穂足の耳に届いたかはわからなかった

だが、midasの興味は、目下穂足返事よりも、異界化の原因にあった
足元のミズチだったヘビを、ひょいっと持ち上げて問う

「で、あの女は知らねぇのか?」

「アア、知ランナ
少ナクトモ ココ100年クライハ カカワラナカッタ ハズダ」

「だが、あの女はお前の事を知っているようだったぞ」

「ウムゥ・・・
思イ出セン・・・」

「ふむ、そうか・・・」

midasはそう言って、干上がった川のほうに歩いてゆく
水を失った川の奥には、なにかの集落が見えた

「あれはなんだ?」

「アア、昔ハ村ダッタ所ダ
村人ハ全員別ナ場所ニ移リ住ンダト聞クガ・・・」

「集落・・・か」

見ると、そこはかなり古い時代の集落のようだ
人気こそ無いが、ついさっきまで沈んでいたとは思えぬほどに綺麗に見える

「おーい、みだっさーん」

穂足が電話を終え、戻ってきた

「ん?」

「事務所で応援よこすってさ
”それまでムリしない程度に調査よろしくー”って、所長が言ってたよ」

「そうか、ところであれを見てくれ
あれをどう思う?」

midasはさっきまで水没していたはずの集落を指差す

「お、新発見じゃん
こりゃー、行ってみないとー

気楽に言う穂足

「うむ、基本だな」

midasも何も考えず同調する

さしあたって二人は、古い集落に向かう事にした




集落を見渡すと、かなり昔のものだという事がわかる
どんなに新しくても、ガラスすらなかった時代までさかのぼるはずだ

「うん
なかなかイイね、ここ」

穂足がうれしそうに言う

「なにがだ?」

「どの建物にも、今の建物みたいな不純物が一切ないの
いいなー、移り住みたいくらいだよー」

「ふむ、そうか・・・」

次々と家を見て回る
途中、悪魔の襲来を排除しつつ進んでゆく

「あ、また悪魔来たよ
排除よろー」

完全に人任せな穂足と、律儀にいちいち応戦するmidas


こうして、集落を一通り調べた後、適当な場所に座り込んで、話し合う

「古いって事くらいしかわからんな」

「そうだね、ここが江戸時代かその前かの建物って事くらいしかわかんないね
チカちゃんあたりに言って調べてもらえばよかったなー
・・・って、あれ?・・・どうしたの?」

「この石はなんだと思ってな」

廟所のような小さな建物に、小さな墓石のようなものが置いてある
そこに書いてある文字は、風化して読めなくなっている

「ん、と・・・・・・慰霊碑?」

穂足が読む

「よく読めるな、そんな文字」

「えへへー、目で見てないからねー
でー・・・・・・んと・・・墓石みたいね」

一生懸命石の文字を読もうとしている穂足の正面から、突然声が聞こえた

「そう、あたしの墓よ」

そこに、あの幽霊の少女が立っていた







「このショボクレた石があたしの墓なの
村中みんなであたしを殺しておいて、こんなもので許してもらおうと思ってるの
ふざけるんじゃないってのさ」

少女は吐き捨てるように言う

「あたしは生きたかったんだよ
死にたくなかったんだよ
それをなにさ、あのクソ蛇のせいで、あたしは・・・あたしは・・・」

憎悪、悲しみ、迷い、未練
様々な負の感情があふれ出す

「だからヒステリーを起こしているってぇのか?」

midasが言う

「自分がひどい目にあわされたから、誰かをひどい目にあわすってぇのか?」

「ああ、そうよ、あたしは被害者なんだ
あたしはみんなのために殺されたんだよ」

「さっきから殺された殺されたと言うが、お前は一体誰に復讐するというんだ」

「生きてる奴にさ!
こんな世界無くなっちゃえばいいんだ」

その言葉を聞いて、midasは無造作に少女の方に歩いてゆき、これまた無造作に頬を叩いた

「ふざけるな!
お前は何様のつもりだ」

叩かれた少女は、一瞬何が起こったのかわからないといった顔をした
その後、その顔が悲しく歪む

「う・・・うわぁぁぁぁぁぁぁん」

その場でへたり込み、少女は泣き出してしまった

「あんたもあたしを殺すの!?
村のみんなみたいに、あたしを殺すの!?」

最後のほうは、ほとんど絶叫に変わっていた

少女は天を仰ぎ、ただただ泣いていた
泣き声に呼ばれたかのように、大粒の雨が降ってきた

midasと穂足は、ただその少女の泣くさまを見ていた



「あの墓石ね・・・何かがおかしいと思ったんだよ」

少女が泣き疲れ、落ち着いてきた時に、穂足が口を開いた

「墓石には人の想いが残るものなんだけどさ・・・・
あの墓石に一番多く残ってたのが"悲しみ"なんだよ
お墓に残る悲しみってのは一過性のもので、普通はそんなに持続しないものなんだけど、あの墓石にはいまだに残ってるの
いつ頃作られた墓石なのかは知らないけどさ、あの墓石を拝んでた人はさ、とっても悲しかったんだと思うよ」

「え?」

「昔この場所で何があったの?
話してごらんよ・・・」

「うん・・・」

少女の憎悪に満ちた顔は、いつしか子供の顔になっていた



少女の話によると
大雨が降るたびにこの村は水害に苦しんでいた
水害を鎮めるにはどうしたらいいかを村人が集まって考えた
そのとき誰かが言ったらしい
『人柱を立てよう』、と
そしてその案が通り、人柱に少女が選ばれた
そして大雨の日、氾濫する川へと投じられた
少女は薄れゆく意識の中、川には白くうねる大きな蛇の姿が見えたという



「ふぅん、確かにひどい話だね」

聞き終わって、穂足が短く感想を漏らす

場所はごく付近の民家
降り盛る雨を避けるため、場所をここへ移していた

「ふむ、確かにな」

「でもさ、あのミズチは無関係だよ
あれは川の精だから、川があるところには必ず存在するの
あれは村人が勝手に恐れて、勝手にいけにえを差し出したんだろうから、あの子もこの件の被害者といえば被害者だよ」

「そうなんだ・・・」

「でね・・・」

穂足が話を続けようとしたところ、midasが立ち上がり、窓から外を見る
勢いを増す雨の音を気にしているようだ

「穂足は気にせず話を続けようとするが、midasの声によって制止させられる」

「おい、大変だ
村中が派手に浸水してるぞ!」

「え!嘘ぉ!」

穂足が慌てて外を見ると、村中が水浸しを通り越して、川と化してゆく

「とりあえず、ダムの上まで行くぞ」

「うん!」

midasと穂足は勢いよく走るが、水に足を取られ、うまく移動できない
そんな中、水かさはどんどん増え、既に腰のちょっと下のあたりまで水かさが増している

水の勢いも結構なもので、ついに穂足が足を滑らせ、濁流へと流されてしまった

「あっ!大丈夫か」

midasは穂足が流されたことに気付き、穂足に向かって手を伸ばすが、既に遅かった

水に飲まれ、物凄い勢いで流されてゆく
ほうきを使って浮き上がろうとするが、試みる前にほうきが流され、脱出のすべを失ってしまった

『死』という単語がいよいよもって現実味を増す
水にもみくちゃにされ、平常心も吹き飛ぶ
意識すらもどんどん薄くなって・・・・・・・・・・・・・・
穂足は薄れゆく意識の中、川に白くうねる大きな蛇の姿を見た
『・・・あの子が見た最後の風景ってこんな風だったんだ』
なにか他人事のようにそう思った













・・・・・・あたし、死んじゃったのかな?

あれ?みんないる・・・

何を拝んでるんだろ?

んー・・・墓石?

・・・え!?あたしの墓?

あー、やっぱあたし、死んじゃったんだ・・・

でも・・・、みんな悲しんでくれてるから・・・いいかな・・・

・・・もうちょっと生きて・・・いたかったな・・・





あれ?

みんなどこに行くんだろ?

みんなで引っ越すの?

あたしはどうなるの?

あ!それはあたしのお墓だよ

どこに持って行くの?

やめてよ!





・・・・・・ここは?どこ?

あ、みんないる

え?あの村が沈む?

あたしが人柱になったから
村は助かったんじゃないの?

あたしはなんのために死んだの!?

どうしてよっ!





もう怒ってないよ

あたしは、みんなに忘れられるのが怖かったの

お墓だって新しく作ってくれたんでしょ?

仕方・・・なかったんだよ

私を忘れないでね

お願いだよ・・・





あなたは誰?

どうしてあたしのお墓にそんなお札を貼るの?

何をするのよ

やめてっ!

嫌っ!





憎い・・・

どうしてあたしが死ななきゃいけなかったの・・・

どうしてこんなに寂しいのに、みんな来てくれないの?





憎い・・・

あの蛇さえいなければ
あたしは村の連中の道具にされなかったのに

殺してやる・・・





あら?誰かがあの蛇をぶちのめしてる

いいよ!そんなヤツ殺しちゃえ!

・・・・・・

ん?どうして殺さないの!

お前が殺さないならあたしが殺すっ





「で、その魑魅魍魎ってのはいつ頃から大発生してるの?」

「ソウダナ・・・
一月前クライカラ大発生スルヨウニナッタカ
身ノ程知ラズニモ ワシニ次々ト挑ンデキヨル
ナニガ目的ナノカハ ワシニモワカラン」

「んーむ・・・・・・」

「原因がわからないんだって?
ずいぶんとおめでたいのね」






穂足が目を覚ますと、発電所の事務所にいた

「あれ?わたしは確か・・・」

「ん?・・・起きたか・・・」

midasがボソリと言う

「あれ?ここは?
あれ?あれ?」

穂足は記憶に混乱が見える
どこまでが夢で、どこまでが現実か

「濁流に流されそうになっていたところを、ミヅチが助けてくれたんだ
あとで礼でも言うんだな」

midasが語る中、夢に見た場所にハッと気付き、唐突に事務所の外に飛び出す

「おい、どこへ行くつもりだ」

「今回の原因よ
すぐ戻るから待っててっ」

「原因!?
待て、俺も行く」

外はバケツをひっくり返したような大雨からひと段落はしたが、まだまだ雨は降り続いていた
そんな中を、傘もささずに穂足は走る

堤防からちょっと奥に入ったところにある広場の、さらに奥
そこに、あの墓石があった

異界化したダムにあったそれより風化が進んでいたが、間違いなくあの石だった

そして、その石の裏には、呪符が貼ってあった

「やっぱりね・・・・・・
こんなモノ貼ってあったら、そりゃあ世間が憎くもなるさ」

貼ってあったお札をひっぺがす

「それは何だ?」

「よくわかんないけど、なんかの呪符だね
もうしばらく遅かったら・・・あの子、怨霊になってたよ」

「なんだって!?」

「見て
あんまり古いものじゃない
誰かがわざとやったんだよ、これ・・・」

「誰かがって・・・誰がだ?」

「わかんない・・・・・・
・・・・・・けど、よからぬ事を考えるやつがいるって事ね
これはシロウトさんの悪戯じゃないよ」

「ふむ・・・・・・所長に報告しておくか」

「そうだね
とりあえず、このダムはもう大丈夫だよ
あの子が悪さすることも無いはずだからさ」


 ━うん、ありがと、ごめんね━


あの少女のそんな声が聞こえたような気がした

こうして、この事件は幕を下ろした

この件には
いや、この件にもか
とにかく、最近の事件には裏がある
その裏とはなんなのか
今はまだ誰にもわからなかった




第29話「」
━終━



2004/10/19

文章:しろじろ〜




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