たみおさん追悼文



本日、2002年1月20日午後
我が同居人であるフェレットのたみおさん(♀)が死亡しました
享年7歳(推定) 死因は老衰です
電気こたつの中で、眠るように死んでおりました

思えば、私が二輪車の免許を取りに自動車学校に通っている頃だったと思います
市内のペットショップで見かけたのがたみおさんとの初めての出会いでした

ペットショップにフェレットがいる
それを聞いた兄が、たみおさんを衝動買いした事で、たみおさんとの生活が始まりました

その頃、とにかく彼女は元気でした
今よりも体もだいぶ小さかったと思います
初めて触ったとき私が素手でつかんだ事は、未知の生物ということで噛まれたときのダメージを心配し、びびって軍手をはめて接していた我が兄を驚かせたのが記憶にあります

兄はたみおさんの性別がよくわからず、店側の解説もなかったため「たみお」と命名しました

この頃はゲージに入れて育成しておりました
遊んでもらえない時は、ゲージを爪でガリガリやって抗議しておりました

隣の家のおとなしい猫が家に遊びに来たときに、たみおさんと対面させたとき、ハリセンボンのように毛を逆立て、硬直していたのが印象に残っております

兄があまり遊んでやる暇のないのが不憫で、兄の留守中よく遊んでやってました
そのつど、「こっここっこ」と声を出して、部屋中を跳ね回って喜んでじゃれついていました
時々洒落にならない程の噛み方をされました

私の友達の首元に置いたら、そのまま首筋に噛み付き、食いちぎろうとしていた姿に、彼女の野生を見ました

夏は暑さとストレスで、全身からごっそり毛が抜けていた事もありました

食事に関しては保守的で、キャットフードの銘柄を変えると、しばらく絶食を決め込むのでした

ビニール袋が好きでした
部屋にビニール袋があると、喜んで中に潜り込み、ガサガサやっていました

入浴が嫌いで、風呂の気配や水の気配を感じると、とにかく逃げ出そうとします
いよいよ逃げ出せないとわかると、観念したように硬直します
風呂上りはとにかく毛から水分を取ろうと、激しくタオルに体をこすりつけます
完全に乾くまではこすり続けます



そして、兄と私は家庭の事情で母と共に団地に引っ越す事になり、諸般の事情で飼う事の出来なくなった兄に代わり、私がたみおさんの世話をする事になりました
同時にたみおさんの放し飼いの生活が始まりました

放し飼いにしてからは、ストレスがなくなったのか、以前のように激しく噛むことが少なくなりましたが、朝5時に腕を噛んでくるのは困りものでした

階段が怖いものだと知ったのも、このあたりからです
たみおさんは手足が短いため、階段を上り下りする事ができないのです
無理に階段を降りようとして転がり落ちてからは、もう無理に降りようとはしなくなりました

私が帰ってくると起きだしてきて、階段から見下ろしてお迎えしてくれました

電子音に妙な反応をしました
目覚し時計などの電子音で止まってみたり、急に動き出したりしました

一度、家の外に脱走した事もありました
その日は雪で、追えば追うほど逃げていきました
逆に追わずに待っていたら、むこうから近づいてきたので、ようやく取り押さえる事ができました
たみおさんにとっては遊びの延長だったのでしょうが、こっちは本気で心配したものです

犬歯が痛くて食事が出来なくなったこともあります
動物病院で診てもらい、しばらくして左の犬歯が抜け落ち、何事もなく食事できるようになりました



あっという間に4年が過ぎました
4年目の春から、いつも寝ているようになりました
歳ということもあるのでしょう
いつも眠そうな目をしていました

あれだけ好きだったビニール袋も、この頃には見向きもしなくなりました

パンダのように、手足としっぽだけが黒かった毛も、全身黒っぽく変わっていました
体毛の模様が変化する事は、フェレットにはよくある事なのだそうですが、なんとなくたみおさんはもう若くないんだなという感じさせられました

2001年の夏ごろには、週単位で食事をしない事がよくありました
もう歳だからこれで死んでしまうかもしれない、何度もそう思いました
そのつど病院に担ぎ込み、急に元気を取り戻すという事が何度もありました

病院が嫌いで、診察台に上がると毎回毎回毛を逆立てていました
注射も嫌いで、注射が終わった後は一目散に私のふところに潜り込もうとしました



そして、先週1月中旬頃から、また食が細くなりました
食が細いだけで、今までのように全く食事を受け付けないという事はなかったのです
また病院に連れて行けば、今までどおりすっかり元気になると、そう思っていました

今思えば、死ぬ2、3日前のたみおさんは、ただこたつを出たり入ったりしてみたり、力なく水を飲んでみたり、今まで見た事の無い行動を取っていました
私になにかを訴えたかった事があったのかもしれません


そして今日
こたつの中で眠るように息を引き取っていました

今にでも動き出しそうな穏やかな姿でした

同じ部屋にいたというのに、死ぬ時にそばで見ていてあげられなかったのが悔やまれます

今、亡骸となったたみおさんの体は、ほっそりしといて、自分の重みで折れそうなほど頼りないです
よく今まで、こんな体を支えて動き回っていたものだと思います



たみおさんが生まれてから死ぬまでの年月は、たみおさんは幸せだったのでしょうか?
私にはわかりません

私は死後の世界などというものは信じておりませんが、死後の世界というのが本当にあったなら、そこで幸せに暮らして欲しいと思います




さようなら、今までありがとう
もし、たみおさんに気持ちが届くなら、そう伝えたいと思います




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